文様の群論

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 平面を動かして再び同じ平面にピッタリ重ね合せることを考えましょう。ただし、平面を裏返すことも許すことにします。 このような移動を平面の変換と呼びます。平面の変換全体は集合になりますが、この集合をユークリッド群と呼び、ここでは記号 E で表わします。
 なお、まったく移動させないことも移動の一種ですから、これは変換です。この変換は特別なので特に名前をつけて恒等変換と呼びます。

定理 ユークリッド群 E の要素は次のいずれかに限る。

  1. 恒等変換
  2. 一点を中心とする回転
  3. 平行移動
  4. 平面上のある直線を軸とする鏡映
  5. 平面上のある直線を軸とするすべり鏡映
 平面上に直線を一つとり固定して考えます。この直線を軸にして平面を180度回転させ裏返しにする変換をこの直線を軸とする鏡映と呼びます。この直線を鏡だと思えば平面上の点に対してちょうど鏡に映った像の点を対応させているからです。
 また、ある直線を軸とする鏡映のあとにその直線に平行な平行移動を施すことに同等な変換をこの直線を軸とするすべり鏡映と呼びます。

 さて、平面に繰り返し文様が描かれていたとしましょう。ユークリッド群 E の要素で文様を文様にピッタリ重ね合せるもの全体は E の部分集合になります。この部分集合を G で表わしこの文様の文様群と呼びます。(英語では wallpaper group つまり壁紙群と言います。言われてみれば洋服の文様に日本の着物の文様ほど豪華なものを見たことが無い気がします。壁紙は西洋の方が文様が豊富です。)
 特に G が次の二つの条件を満たす場合を考えましょう。

(1)G は異なる2方向の平行移動を含む。
(2)G に属する平行移動の移動距離の極小値はゼロではない。つまり、適当な正の実数 b を取るとき G に属する平行移動の移動距離は必ず b より大きい。

 条件(1)は文様の繰り返しが少なくとも2方向に起きているということです。また、一番単純な縞模様を考えると G は縞の方向にいくらでも短い移動距離をもつ平行移動を含みます。そこでこの場合には条件(2)は満たされないことになります。
 しかし、単純過ぎない普通の繰り返し文様については条件(1)、(2)はともに満たされています。数学的にも(1)、(2)が満たされている場合がおもしろいです。また、どちらかの条件が満たされない場合は別に考えることができます。そこで以下では(1)、(2)を仮定します。
 このとき必ず G は前のページで挙げた17種のうち一つになります。

 ここで17種を区別するのはどうしたらよいのか説明しましょう。G の判定条件は以下のようになります。

 
(A) 回転を含まない。
 
p1鏡映、すべり鏡映を含まない。
pm 鏡映を含む。すべり鏡映軸は必ず鏡映軸でもある。
pg鏡映を含まない。すべり鏡映をふくむ。
cm 鏡映を含む。鏡映軸ではないすべり鏡映軸がある。
 
(B) 180度回転を含む。90度、60度回転を含まない。
 
p2鏡映、すべり鏡映を含まない。
pmm 鏡映を含む。すべり鏡映軸は必ず鏡映軸でもある。
pgg 鏡映を含まない。すべり鏡映を含む。
cmm 鏡映を含む。鏡映軸ではないすべり鏡映軸がある。すべり鏡映軸には必ずそれに平行な鏡映軸がある。
pmg 鏡映を含む。鏡映軸ではないすべり鏡映軸がある。鏡映軸ではないすべり鏡映軸にはそれに平行な鏡映軸がない。
 
(C) 90度回転を含む。
 
p4 鏡映、すべり鏡映を含まない。
p4m 90度回転の中心を通る鏡映軸がある。
p4g 鏡映を含む。90度回転の中心を通る鏡映軸がない。
 
(D) 120度回転を含む。60度回転を含まない。
 
p3 鏡映を含まない。
p31m 鏡映を含む。鏡映軸が通らない120度回転の中心がある。
p3m1 鏡映を含む。どの120度回転の中心にもそれを通る鏡映軸がある。
 
(E) 60度回転を含む。
 
p6 鏡映を含まない。
p6m鏡映を含む。

 すぐには判り辛い表ですが、この表を使えば、条件(1)と(2)を満たすどんな文様でも17種のどれに該当するのか判定できるように書いてあります。前ページに挙げた実例が条件を満たしていることをチェックしてみてください。

 17種のどれに該当するのか判定しようとした場合、大きな指標となる事柄が、表の記述とは別にもう一つあります。格子を考えるということです。まず、平面に一点 O を取ります。どの点でもよろしい。 G に属する平行移動で O を動かして得られる点全体の作る平面の部分集合を G の格子と呼びます。 G に属する平行移動だけを考えていることに注意してください。本当の窓や牢獄の格子には縦横の等間隔の棒があるわけですが、縦横の棒の交点の作る集合だけに着目した、数学的概念が我々の格子です。文様をタイル貼りで作ることとし、すべてのタイルは同じ向きに揃えるとした場合、各タイルに同じ位置に一点印を付けておけば、文様完成時にその印全体が格子です。点 O として文様上の特徴的な点を取っておけば、格子は容易に求まります。
 一般の格子は平行四辺形の桝目の交点全体ですが、格子が特徴的な形をする場合の幾つかに次のように名前をつけておきます。

一般の格子 長方格子
正方格子 ダイアモンド
格子
有心格子

 このうち有心格子は図にあるように、必ず一つの鏡映軸をとり、それを方向の基準としていっしょに考えます。正方形は長方形の一種であり、長方形は平行四辺形の一種であることは了解しておきます。次が言えます。

定理

  1. 上の表の (C) に属する3種の場合は格子は正方格子である。
  2. (D)、(E) に属する5種の場合は格子はダイヤモンド格子である。
  3. (A) の cm、(B) の cmm の場合は格子は有心格子である。
  4. (A) の pm、pg、(B) の pmm、pgg、pmg の場合は格子は長方格子である。
 格子の概念を使えば上の定理により、容易に17種の対称性の型の中からいくつかの可能な候補を選ぶことができます。そのあとで、きちんと考えて1種を決定すればよい。

 これで、平面の紋様の数学理論の本質的部分はすべてです。身の回りの具体例で理論をチェックしていけば、理解がどんどん深まるでしょう。 ここで試験を準備しました。理解を確かめるために挑戦しましょう。 最後にエピローグが続きます。   

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